7月26日(土)に開催された、第30回新潟市ジュニア邦楽合奏団定期演奏会の話題を分割してブログに書いています。
ながくなるので、分けて書いてますが、その第5弾です。
4回目の記事はこちらです。
さて、今回はこの話題からいきます。
◆ 20年の感謝を込めて
最後に、私事ではありますが、この定期演奏会をもって20年間の任期を終え、退任いたします。
尺八講師としての期間も含めると23年。あっという間でしたが、この団の発展に尽力できたことは私の誇りです。
奇跡的な巡り合わせと運に恵まれた結果だと感じています。
その後も、数々の出会いや出来事が奇跡的に繋がっていったように思えます。
しかし、同時に、そうした幸運を引き寄せるために、私自身が目標と願いを持って努力を重ねてきたからだと、胸を張って言うことができます。
偶然ではなく、必然としてこの舞台を作り上げてきた。
すいません。まあ、今日くらいは、言わせてください。
十数年前に、東京では、地方でやっていくことを馬鹿にされたりしました。
新潟では、地方で専業で生きていけるわけなんて、あることないこと悪口もいわれました。
聞こえないふりしましたけど、聞こえるし、当時の僕はひどく嫌な気持ちになりました。
でも、全部跳ね返すエネルギーにしました。
そんなんだから、できないんだよって。
必死でやれよ、信念持ってやれよ、無理だと思っているくせに、簡単にできると思っている方がおかしいよって。
できない、むり、ありえない、おかしい、それらをすべて、跳ね返して現実にしてやろうって。
そして、今回の演奏会が、その証となってくれたと確信しています。
和楽器と子どもたちの関係性には、夢と希望が満ち溢れています。
その夢や可能性に蓋をしてしまうのは、大人の勝手な都合や思い込みに他なりません。
「普及する」「裾野を広げる」といった言葉をよく耳にしますが、何を普及し、何の裾野を広げるのかを深く考えなければ、それは意味のない行動となってしまいます。
「古典をやらなければ意味が無い」「伝統を守ることが一番の目的でなければいけない」なんて、もっともらしい言葉ですが、それはどこかの誰かの勝手なエゴですよ。
そんなのはいまじゃなくて良いんですよ。だって子どもなんだから、いまは和楽器が楽しく好きであること、今を中心に考えれば良い。
その先は、その先、それでいい。時間もある。やりたい人が目指す場所。
時が流れれば流れただけ、目指す場所は遠くなり、価値は高まる。それでいい。
普及とは、何かを押し付けたり、何かを安易なものにしたり、価値を下げたりすることではありません。
時代や対象に合わせて、その本質を再構築し、再解釈することです。
新潟市ジュニア邦楽合奏団で僕が過ごしてきた23年間の歩みは、決して間違いではなかったと強く思います。
本当にありがとうございました。
今後も、この合奏団が子どもたちの成長の場として、そして邦楽の素晴らしさを伝える存在として、発展していくことを心から願っています。
客席で、みんなのの演奏を聴ける日を楽しみにしています。

たくさんのたくさんの差入れ、プレゼント、ありがとうございました。
といったところで、新潟市ジュニア邦楽合奏団、第30回定期演奏会に関しての感想というか、思いというかは、一旦ここまでにします。
書きたいことはもっとあるし、思っていることや、考えはまだまだあるので、またぽろぽろと書いて行くかと思います。
まずはここまで。
ではごきげんよう。
今後のおしらせです。