「慣れればできる」という無責任。――なぜ尺八指導には「言語化による分解」が必要なのか。

僕の「尺八ワンポイント講座」の根底には、一つの信念があります。
それは「プロが無意識にやっていることを、極限まで言語化し、細分化、分解する」ということです。

今の尺八界に流通しているメソッドと、上級者が実際にやっていることの間には、実は埋めようのない深い溝があります。

メソッドで言われていることを上級者はやりつづけているのか?
おそらく延長線上にすらないのではないかと。

これでは、導入で使っていたメソッドは混乱の原因であり、次のステップへの導線の設計が不明瞭で、上達の難易度が無駄に高くなるのも当然です。

 

スポーツにできて、尺八にできないはずがない

今の時代、スポーツの世界では驚くほど分析と言語化が進んでいます。
なぜ日本のアスリートが世界と戦えるようになったのか。

それは、根性論ではなく、動作の徹底的な分析と、それを「自動化」させるための訓練法を確立したからです。

対して、和楽器の世界はどうでしょうか。

当然、上手な人たちは、演奏するときには、動作が自動化まで進んでいます。
でも、そのための手段が、いまだに「見て盗め」「慣れればできる」という、修行のような時間の使い方を強いてはいないでしょうか。

僕は、尺八もスポーツと全く同じだと思っています。
分析と言語化、そして「自動化」のプロセスこそが、上達への最短ルートです。

 

運転と「慣れ」の正体

車の運転を例に考えてみましょう。
バックで駐車するとき、いちいち「ハンドルを右に何回回して、アクセルを何ミリ踏んで……」とは考えませんよね。
それは動作が「自動化」されているからです。

でも、最初から「自動化」されていたわけではないですし、本能や直感だけで運転したわけではないはずです。
まずは正しい知識を学び、意識的に操作を行い、その積み重ねの結果として、いつの間にか自動化された。

――これを世間では「慣れる」と呼びます。

ここで重要なのは、「何に慣れるのか」が明確に説明されているか、という点です。

 

その反復練習、意味がありますか?

「慣れれば音が出るよ」
確かに、嘘ではありません。

でも、その言葉は指導の放棄です。

・そもそも、今のあなたの状態は、反復練習に入っていい段階なのか。

・間違った動作に「慣れ」ようとしていないか。

・具体的で再現性の高い動作が、知識として箱にしまわれているか。

自分で出来る人は、長い時間をかけて自分なりの「トリガーワード(楔)」を作り上げてきたのでしょう。
でも、これから趣味として尺八を始める人に、同じだけの苦労を強いる必要なんてありません。

こちらから、最高に使い勝手の良い「箱」を用意してあげればいいんです。

「慣れればできるよ」なんて、僕は言いたくない。
具体的な説明がないまま、ただ時間を溶かすような教え方をしたくないし、習いたくないですね。

一段一段、確実に。
知識という楔を打ちながら、自動化の領域まであなたを連れて行く。

それが「くじら理論」の役割です。

では、ごきげんよう。

 

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2026年3月7日(土)、4月4日(土)です。

詳しくは、
https://kujira.office-isana.jp/info/20260307/

https://kujira.office-isana.jp/info/20260404/

みなさまのご参加をお待ちしています。

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