「○○なんだから○○すべき!」はネガティブな自己紹介だと僕は考えていますよって話。

なんともわかりやすいタイトルなんだろうと。
昨日のブログと少しだけ関連しますので、お時間あれば昨日のブログもよんでください。

 

さて、まあよくある話題ですよ。

「○○なんだから○○」ってはなし。

こういった価値観、決めつけを解き放っていきましょうよ。
その方が他人にも歩み寄れるし、価値観も拡がるし、世界もひろがりますよ。と。

自分のことを認めて欲しければ、他人のことも認められなければいけないと思っています。

 

まあ、最近はそういった価値観アップデート系ドラマ、価値観断罪系ドラマ、昭和価値観叩きドラマ、良くあります。

なので、そうか、今はそういう世の中か、と知ることが出来ます。

で、ここでで大事なのは、「自分の価値観と世の中が違うから、自分の価値観がないがしろにされている、とか否定されているわけではない」と知っておくことです。

 

簡単に言えば、人それぞれ違う考えを持っている。と言うことですね。

 

「女の子なんだから、赤いランドセル(本人は違う色にしたいのに)」

「男の子なんだから、外で遊びなさい(本人は家の中で本を読みたい)」

「男だから稼がないと!」
「女なんだから料理くらい出来ないと!」

そういうことです。
もうそんなん、性別でかたるもんじゃないよねって。

性別のこともですが。もっともっと、いろいろなことでも「○○なんだから○○」といった決めつけの発言は、世界の狭い、決めつけ、押しつけ、学習しない、成長しない、タイプの人なんだろうなと感じさせる物の考え方だなっておもっています。

「○○なんだから○○」の中身を別に否定はしません。

ただ僕は、そういう人なんだなって判断しているだけです。
そうひとだなっとおもって関係性をつくるだけです。

 

「○○だから○○べき」という言葉は、自分の世界のあり方、考え方、価値観の広さを自己紹介してくれているんです。

 

で、ここからが、本題というか、今日書きたい話です。

昔からモヤモヤしている言葉が在るんですよ。

「和楽器なんだから、本来の、和楽器の曲を、昔からの曲を演奏すべき」

という、なんだかもっともらしいけど、違和感の塊でしかない言葉。

 

これを言っておくと、なんか、文化を大切にして、賢そうに見える発言でありそうですが、僕にいわせると、前述のあれです。
世界を広げることをせず、狭い世界に安心して、学習せず、成長もせず、そのままであることを願っているタイプの人なんだなって静かに判断するというあれ(さっきの話)です。

 

「せっかく和楽器なんだから、和楽器の曲を演奏すれば良い。最近の曲は西洋の楽器に任せれば良い。」

この発言には、狭い世界、決めつけ、がふんだん盛り込まれていて、変化についてこれない要素をどこかしらに持っている人なんだなって判断してます。

もっともらしい、正論らしい、正しいらしい、意見を言っていますが、自分の価値観だけではなく、他の価値観の存在を認めず、否定する態度をとっているわけです。

正しい、正しくない、の話ではなく。
自己紹介しているって話です。

自分はこういった人間ですと。
変化が起こるのが嫌だ、自分の知っているままでいて欲しい、自分の理解の及ぶ範囲の中にいて欲しい、そう考える傾向がある人間だと。

 

結局これも、僕の決めつけかも知れませんが、ある程度の判断基準になります。
可能性、仮説となります。

 

その人のあり方、世界の範囲を知る、物の考え方を知れる。
つまりそれで、人間関係の解像度を高くみることができます。

 

これは、別に傲慢に見下しているわけではないんです。
どういった距離感でいるといいか、という考え方ですね。
対立もせず、喧嘩もしない、自分の心のあり方を守るための考え方。

 

むしろ「○○だから○○であるべき」という考え方の方が、見下しや閉じ込めを内包していると僕は感じています。

他者の価値観の否定と限定、

変化の拒否と狭い世界への固執、

学習・成長の放棄

とまさに三拍子揃って態度。
こんな自己紹介は、しない方が良いに決まっています。

 

価値観の多様性、とは言っても、もちろん、自己の生命に危険が及ぶような物はいけません。
そうでなければ、今の世の中は、多様な価値観を知ること、がとても大事です。

別に、受け入れろ、とは言いません。
多様な価値観があることをを知る。だけで随分違います。

じゃあどうしたらいいか、とても簡単な答え「○○だから○○」という言葉を発して、何かを否定する発言はやめておいたほうが、自分も生きやすくなります。
成長する、学ぶ、変化をうけいれる、世界が拡がっていきます。

べつに、受け入れてなくてもいいんです。なるほど、そういう人もいるのか。と知ることです。

 

否定でもない、

対立でもない、

存在するだけ。
ただ、そこにあるだけ。

 

僕もそんな反省を繰り返しながら今日まで生きてきました。
自分も「○○だから○○であるべき」と自己紹介をしていました。

後悔と反省の多い、恥ずかしい人生でした。
いまは、少しましな広い地図を広げて自己紹介できているかなと思います。

そういうことです。

 

では、ごきげんよう。

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