「卒業したら、彼らはどこへ消えたのか?」――邦楽界が目を逸らしている現実。

高校の箏曲部や大学の邦楽部。
若者が数年間、情熱を持って和楽器に打ち込む場所は確かに存在します。

しかし、卒業の時期が来ると、多くの業界関係者はこう呟きます。

「あんなに頑張っていた彼らは、一体どこへ行ったのだ……」と。

 

部活動からそのまま楽器を続ける人は、残念ながら少数派です。
続けている側からすれば「好きなら続けるのが当たり前」と思いがちですが、その「少数派である現実」を直視して初めて、見えてくるものがあります。

 

なぜ、彼らは続けないのか。 業界ではよく「燃え尽きたんだろう」「他にやりたいことができたんだろう」と、本人たちの心の問題に帰結させて片付けてしまいます。

 

でも、理由はそんなに単純なはずがありません。
僕は、もっと構造的な問題があると思っています。

「和楽器は、先生に習い続けなければ『やっている』と言いにくい世界」になっていないでしょうか?

もちろん、師匠に付かなければ学べない深淵な世界はあります。
でも、楽譜があれば一人で楽しめるジャンルだってあるはずです。
独学でも、一人でも、趣味として続ける道があっていい。

しかし今の邦楽界は、卒業生が「自分の教室や社中に習いに来てくれること」を想定しすぎているように感じます。
そして、習いに来ないから「いなくなった」と判断してしまう。

 

ぶっちゃけ、卒業してすぐに「社中」に入るのは、今の若者にはハードルが高すぎます。

大きなネックは、主に3つ。

金銭面: 月謝や維持費の負担。

所有面: 学校の楽器は使えなくなって、自分の楽器を買う余裕がない。

場所面: 自宅で思い切り練習できる環境がない。

 

これらを「はい、全部うちが面倒見ますよ」なんて言える教室は、まずありません。

 

答えは簡単です。

この3つの問題をクリアする場所さえあれば、彼らは戻ってくる可能性がある。

これは単なる仮説カモ知れません。
ですが、少ない例ではありますが、僕が毎月開催している体験会では、こんな声をよく聞きます。 「

やっぱり楽器は楽しいですね。また触りに来ます」

そう言って、何度も足を運んでくれる「元・部員」たちがいるのです。

 

彼らは、楽器を嫌いになったわけじゃない。
ただ、「続けられる形」が用意されていないだけなんです。

もちろん、僕一人の力でできることには限界があります。
でも、せっかく和楽器に打ち込んだ若者を、このまま離脱させてしまうのはあまりにも勿体ない。

少しでも、彼らが楽器を「持ち続けられる」可能性を作りたい。 その重要性を、今強く感じています。

 

……少し長くなりそうなので、今日はこのへんで。

次回は、僕が今実際に行っている「実験」について具体的に書こうと思います。

では、ごきげんよう。

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