きびだんごをくれただけで一緒に鬼退治に行くのが腑に落ちない。それでも鬼退治に一緒に行くことは知っておく。

レッスンでおこること、説明でおこることを、昔ばなしの桃太郎に例えながらお話をしています。

目標の設定を間違えてしまうときに注意。そんなときは「今できることをもっとできるようにする」と考えればいいよ。

 

桃太郎といえば、おとも、ですよね。

きびだんごで、犬サルキジをお供にするのです。

 

桃太郎にとって、そして物語を読んでいる私たちにとっては、

・きびだんごをあげたから、おともが着いてきた。

としか思えません。

 

当然、多くの人は、「きびだんごをもらったから、犬サルキジはお供になった」と思うわけです。

 

つまり、大事なのは「きびだんご」ということになります。

まあ、その理由で納得できますからね。

 

それで解決します。

 

でもね、僕はね、きびだんご程度で、一緒に鬼退治に行くとは思えないんですよ。

命がけの戦いのお供ですよ。鬼退治って。近所に散歩行くだけのお供じゃないんですよ。

ああ、腑に落ちない。

 

「きびだんごをもらっただけで鬼退治にいくこと」に納得いかない人いてもおかしいことなんてないのです。

 

 

そこで、こう考えるわけです。

・きびだんごをもらわなくても、犬サルキジは、それぞれに理由があって、鬼退治に行きたかった。
犬は鬼にもともとのご主人を襲われたとか、サルは群れを襲われて縄張りを奪われたとか、キジは卵をとられたとか、まあいろいろです。

きびだんごがきっかけかもしれません。

しかし、その裏には、よくよく話を聞いてみたら、命をかける鬼退治に一緒に行く理由があったわけです。

 

そうおもうと、鬼退治のシーンひとつひとつに深みがありますね。

きびだんごが理由と思っているよりも、理解が早いかも知れません。

 

でも、物語の大筋には関係ないんですよね。

 

鬼退治にに行くことがポイントなんですね。

 

きびだんごだけで、鬼退治に行く、と思えればそれでいいです。

きびだんごだけでなんてと腑に落ちなくても、そこに、それぞれの理由があるから、鬼退治に行くと納得できればさらに良いです。

 

鬼退治に行かない、お供にならない、という結果なってはダメなんですよね。

 

 

 

 

 

えー、さて。

 

話がぶっ飛んでいますね。

 

何が言いたいのでしょうね。

 

もちろん、尺八の話です。

 

1つのことを説明するときに、どうやって説明するか。

一面から見ると、確かにあっている。

でも、それだけだと、別の理解もあったりするし、腑に落ちない人だっている。

その場合には、別の一面、補足することが必要です。

 

きびだんご、だけをごり押しされても難しいわけです。

 

多くの人が納得したり、そうかと思って実践していることで結果がでていても、それだけではいまいち、たどり着くことができない。

納得できない、腑に落ちない、という場面はよくあります。

 

そんなときに、納得のいく別のアイディア、アプローチ、また補足説明ができるかどうかは、とても大切です。

 

こういった場面で、間違うと大変なのは、行先、目的地への指針に対してねじれが起きないか、ということです。

 

・犬はもともと鬼ヶ島出身で、鬼ヶ島に帰りたかったから、きびだんごをもらっておともになった。

という補足は、話の筋、結末に影響を与えます。

仮に納得したとしても、どこかでおかしなこと気がついて、矛盾をかかえたまま、お話が進んでいきます。

 

なので、指導する側としては、きびだんご以外の理由が思いつかなくても大丈夫です。

きびだんごよりも、お供になって、鬼退治にいったこと、が大事なので、そこに向かう道筋だけはしっかりしていた方がいいです。

その向かう先、ゴールをしっかり見失わないようにすることが重要です。

 

習う側も同じです。

枝葉ではなく、根幹をしっかり忘れないようにしておいてください。

 

どこかのタイミングで、腑に落ちる、納得する、ハッと気がつくような、アイディアと出会うかも知れません。

別の誰かが話してくれたり、説明してくれたりします。

 

 

レッスンなどで、先生が教えてくれていることがなかなか実践できない、腑に落ちない。

でも、別の誰かのふとしたときにワンポイントで教えてもらった人の言葉で急に出来るようになる。

 

結構、あるあるだと思います。

積み重なってきたときに、ちょうど変化のある刺激で、ゴールや目的地がハッキリと見えた結果だと思います。

 

それまで過ごしてきたその時間がとても大切です。

 

習う人は、それを忘れてはいけないと思います。

 

もちろん、教える側の工夫はあって当然です。
指導者は、ずっとずっと、学び考え続けなければいけないと思います。

どこかで、止まったモノを与えるだけではダメでしょう。

 

レッスンは、ストックビジネスですが、質の低いものに簡単になってしまいます。
ストックビジネスだと思えば思うほど、ストックビジネスの質の悪い部分が強化されてしまいます。

基本的にはフロービジネスだと思った方がいいです。

変化、成長、時代、そういったものに対応していかないといけません。

でも、ストックビジネスだと勘違いしたレッスンも存在します。
ストックビジネスにしたい思考のレッスンもあります。

もしかすると、和楽器の世界では、当たり前のように思われている思考かも知れません。
それだけは、注意して気をつけないと、怠惰な指導者になってしまいます。

それはいけないことだと思います。

 

 

 

ではごきげんよう。

 

 

※今日のごはん写真

やっぱり、教える側の努力、勉強を忘れてはいけないと思います。

勉強し終わったと思ってしまったらダメでしょうね。
そのときの知識はもちろん大事。

その上で、新しく学ぶこと、変化したこと、現場で生まれること、敏感になっていないともうずっと乖離したままになって行きます。

時間の過ごし方、価値も大きく変化しています。

生徒さんが効率の悪い時間を過ごして、結果につながるのではなく、努力や練習が正当に報われるようにしなければいけないです。
その状態で、いろいろな刺激や影響があって、さらに前に進んでいく、成長して行く世界になっていくのが理想ですよね。

僕自身も常に常に、気をつけています。

 

 

【アイキャッチの写真募集します!!??】
みなさんのごはん写真、くじらさんの似顔絵!?など、TwitterのDMでコメントを添えて送ってください!
ブログのトップ画像で使用させていただきます。

尺八に関すること、もちろんそれ以外でも、質問・疑問もいただけたら、それにも僕なりの考えや体験談をお答えいたします。


尺八ワンポイントアドバイス、文字では限度もあります。
もうちょっと詳しくって方は、ぜひレッスン受けに来てください。
上達のお手伝いさせていただきます。お問合せ、お待ちしてます!

☆Twitterあります!フォローよろしくお願いいたします。

尺八:鯨岡徹のTwitter
https://twitter.com/kujira108

☆YouTubeあります!チャンネル登録お願いいたします。
いさなミュージックチャンネル
https://www.youtube.com/user/isanamusic

TOP